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親友のユージーン(*´∀`*)

親友のユージーンは、私が30歳で日本に戻ってから1年後に64歳で亡くなりました。

 

 

筆不精の私は、ユージーンからのメールに返事書かなきゃなぁ、なんて思いながら日本での慌ただしい日々を過ごしていたので、亡くなったことを聞いたときは、メールを書かなかったことを後悔しました。

 

 

 

 

ユージーンとは、メキシコの養護施設で出会いました。

 

アメリカのマイアミ出身のユージーンは、その養護施設に親戚が支援していて、見に来たそうです。すぐに帰る予定が、子供たちや人懐こい村の人達と過ごすことが楽しくなり、アパートを借りて養護施設のある村に住んでいました。

 

 

その後、私も子供達と過ごす日々が楽しくなり、近くにアパートを借り、お金が続く限り、毎日子供達に会いに行き、ユージーンともたくさんの時間を過ごしました。

 

 

ユージーンは、ちょっとサンタクロースを思いだす外見に、「ホーホッホホ〜〜」という独特な笑いかたをします。

 

 

おしゃべりが大好きで、ユージーンと一緒に町を歩くと、次々にいろんな人と話し出すので、なかなか前に進まなかったなあ。

 

 

ユージーンと一緒に、兄弟が違う施設にいる子供達をその施設に連れて行ったり、英語を教えてもらったり、時には、惚れっぽいお茶目なユージーンが、私の日本人の友達に恋したり💌

 

 

そんな楽しい日々も、ずっとは続かず、私は村から離れて仕事を始めました。

 

 

それからしばらくして、仕事の休みの日に、久しぶりにユージーンに会い、一緒に重症心身障害児が過ごす施設に行きました。車椅子の子、寝たきりの子など、15人ほどの子供達が静かに過ごしていました。

 

 

私は何気なく、寝たきりの子の横にあったガラガラを慣らしてみると、その女の子はニッコリと笑いました。

 

 

ユージーンは、「その子が笑ったのを初めて見たよ。Shokoは子供と関わる仕事をしたらいいのに。」と私に言いました。

 

 

 

その時の私は、一般企業で働いていたので、いつかそうなればいいなあなんて思っていました。

 

 

それから、本当に色々なことがあり、今は、塾を開いて、毎日子供達と過ごせていることは、本当に幸せです。

 

 

 

今、英語を教えてるのもユージーンがきっと見守ってくれてるからかなあ。

 

 

 

よく返信が遅れる私に、いつも、「返事がないのは元気にしてるからだと思ってるよ、ホーホッホホ〜〜」と許してくれたユージーン。

 

 

返信しそびれたメールのかわりに、ブログに書いてみました(*´∀`*)